« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月の6件の記事

2009-05-25

全仏オープン開幕@ローラン・ギャロス

テニスの全仏オープンが開幕したtennis 開催地のローラン・ギャロスStade Roland Garrosは、ブーローニュの森に隣接しており、家からジョギング圏内。フランスに来るのが決まってから楽しみにしていたイベントの1つである。

日曜日の開幕に先立って、土曜日はBenny Berthet Dayというチャリティーイベントの日だった。この日は19ユーロのチケットで、すべてのコートに入ることができる。メインの3コートでは、エキシビジョンマッチ(1セットマッチ)が組まれていて、空いているコートでは翌日からの試合に向けて最終調整をする選手たちを見学することができる。

ここローラン・ギャロスでは、センターコート=No.1コートではない。約1万5千人収容するCourt Philippe-Chatrierがセンターコートで、次に大きいのが1万人収容のCourt Suzanne Lenglen、その後にNo.1(Court 1)となる。

この日のチケットを購入できたので、開始の12時ちょうどに行くと既に長蛇の列になっている。オンラインでチケットを購入するとPDFがメールで送られてくるので、それをプリントアウトして持っていくのだが、それ自体はチケットではなく、バーコードを発券機にかざしてチケットが発券される。その発券機のところで渋滞になっていた。

当日のドローは会場で発表されていて、第1試合には、男子ランキング3位のイギリスのAndy Murrayの名前があったので、早速Court Suzanne Lenglenに行くと、意外と空いていた。

Rolandgarros1
Andy Murray

本戦ではないので、選手は感情を表に出すことはまずないし、緊張感があまり伝わってこないが、試合はスピーディーである。一応観客が入っているので、それなりに真面目にやっているのだと思う。たまにロブが上がると軽くスマッシュを打って、ロブとスマッシュでラリーを続けて笑いを誘うようなこともあるが。

マレーが無事勝ったのを見届けて、センターコートのRafael Nadalの試合を観に行くと、ほぼ満員になっていて入れない。さすが世界ランク1位のナダルである。何とか後ろの方で入ってみると今度は小雨が降ってきた。

Rolandgarros2
上がRafael Nadal

試合の方は、手を抜いている感じだったが、何と負けてしまった。相手はアルゼンチンのダブルDabulという選手。ナダルは全仏で初出場以来4連覇なので、練習試合とは言え、ローラン・ギャロスで負けたのは初めてだろう。月曜日の1回戦はストレートで勝ったようなので、まあ大丈夫だろうけど。

Rolandgarros3

ボール・ボーイ/ガールの交代。狭いコートの中をリレーのように全速力で走っている。サーブを打つ選手側のボール・ボーイ/ガールにボールを転がして送るのだが、ボウリングの球を投げるようなすごい構えから、優しく投げるように指導されているらしい。一挙手一投足から、晴れ舞台に向けて練習を積んできたのがよく分かる。

Rolandgarros4

Court 1での試合直後の様子。子供の顔くらいのテニスボールが売られていて、それにサインしてもらっている。このコートは試合開始直後から既に人だかりができていたが、センターコートでは、試合終了と同時に子供たちが一斉に入口からダッシュして、選手にサインをねだっていた。

注目は、コート整備の道具。ご覧のとおり古くなったネットを使っている。これは知らなかった。どんなクレーコートでもブラシしか見たことがなかったのに、何と世界で一番有名なクレーコートではネットを再利用しているとはflair もちろん、センターコートも同じである。

元々整備が行き届いているから、均すというよりはボールやシューズの跡を無くすだけで十分ということなのだろう。

もう1日、準々決勝のチケットを取っているので、面白いドローが残ることを期待している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009-05-23

フォンテーヌブローに行ってきました。

水曜日が大学院の研究プロジェクトの中間レポートの締め切りだったので、とりあえずできたところまでの体裁を整えて、指導教官にメールで提出する。あっという間だったが、確かに3ヶ月の研究期間の半分が過ぎたことになる。もちろん、レポートはまだ半分も書けていないが。

木曜日はキリスト教の昇天祭で、フランスは祝日だった。気分転換ということで、パリから電車で40分ほどのフォンテーヌブローFontainebleauに出かけた。フランスで鉄道に乗るのは、タリス以外で初めて。パリ・リヨン駅Gare de Lyonからフォンテーヌブロー・アヴォンFontainebleau Avonまで40分程度。そこからバスに10分ほど乗って到着。

どうやら、以前はパリからの鉄道・バスの往復と城の入場料がセットになったフォルフェForfaitというチケットがあったらしいが、昨年いっぱいで販売を終了したらしい。

ここの訪問の目的は、世界遺産のフォンテーヌブロー城Château de Fontainebleauと庭園。12世紀からナポレオン3世まで宮殿として使われていた。

Fontainebleau01
入口の門を抜けたところ。正面の馬蹄形の階段の下で、エルバ島に追放されることになった皇帝ナポレオン1世が家臣との別れを惜しんだとのこと。城の内部に行くには、右側でチケットを購入する。

歴代の王たちが手を加えており、内部はとにかく豪華である。

Fontainebleau02
フランソワ1世の回廊。フランソワ1世が毎朝のミサに行くために渡った廊下。

Fontainebleau03
こちらがミサが行われたトリニティ・チャペル。


Fontainebleau04_3
舞踏会の間。フランソワ1世の回廊と並んで豪華な大空間の1つ。

Fontainebleau05
図書館としても使われた、ディアーヌの回廊。

個別の部屋にはそれぞれに名前がついているし、タペストリーや家具なども立派。

Fontainebleau06
ナポレオンも使った玉座の間。フランスで唯一現存している玉座の間だと書いてあったと思う。

Fontainebleau07
Salle du Counseil、つまり閣議室。

Fontainebleau08
3~4時間しか寝なかったと言われる、ナポレオンの寝室。

下の写真は、隣の執務室にある仮眠用のベッド。寝室に行く間すら惜しんで仕事をする人のスタイルである。
Fontainebleau09

とにかく見どころだらけの豪華な城の内部を見て目が疲れたので、外の庭園へ。

Fontainebleau10
こちらが、イギリス庭園。

Fontainebleau11
鯉の池。

Fontainebleau12
グラン・パルテール。大花壇、となるが花はほとんど咲いていないので、庭園という方が正しいと思う。

Fontainebleau13
運河の両脇に80ヘクタールの公園。昔は狩に使われたそうだが、今は整備された並木道となっている。緑のきれいなこの季節は散歩するには最高だが、そのまま駅まで歩いて戻ったら、やっぱり遠かった。

Fontainebleau14

この日に訪れたのは大アパルトマンだが、小アパルトマンとナポレオン博物館はガイドツアーでのみ入ることができる。ツアーはフランス語だが、参加したい場合はあらかじめチケットを買うときにガイドツアー付きのチケットを買う必要がある。大アパルトマンのみは8ユーロ、どちらか1つのガイドツアー付きで12.50ユーロ、両方のツアー付きで19ユーロ。

チケットを購入したら、隣の部屋で音声ガイドを無料で借りることができる。最初は英語を借りたのだが、途中で中国語のガイドを聞いている人を発見した。庭園を回っても時間があったのでもう一度回ることにしたのだが、今度は日本語ガイドを借りることができた。チケット(レシート)があれば再入場することができる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009-05-18

夜の美術館(パリ編)

アムステルダムでは、11月にmuseumnachtという夜に美術館を開放するイベントが開催された(記事はこちら)が、ここパリでも、土曜日に美術館の夜Les nuit des museesというイベントがあった。

Les_nuit_des_musees
ヴィクトル・ユゴー記念館の前に掲示されたイベント告知の広告

公式ウェブサイトによると、今回が5回目の開催で、ヨーロッパ全土に広がっているイベントらしい。パリでは、18時から24時まで、参加している美術館が無料開放された。まあ、美術館の入場料すら払えないというほどではないのだが、アムステルダムのmuseumnachtと同じように、いつもの違う経験ができるのではないかというのが楽しみだった。

http://nuitdesmusees.culture.fr/

このウェブサイトには英語版もあるが、名ばかりで実際はほとんど英語情報がない。そのため、どこの美術館が参加しているという以外の情報はほとんど分からない。

まずは、前回パリを訪問したときに駆け足で回ったオルセー美術館に行くことにした(昨年のパリ訪問の記事はこちら)。18時半の開館と同時に到着すると、既に行列ができていたが、20分ほどで入ることができた。

入口で、今夜の特別プログラムのチラシをもらったが、フランス語なので何かさっぱり分からない。ガイドツアーがあるようだったが、これもフランス語なので行っても仕方ない。

今回は印象派をゆっくり見たかったので、地階を少し見た後、5階に行く。オルセー美術館のメインの展示は地階、2階、5階の3フロア。ルノワール、ドガ、セザンヌ、モネ、ピサロ、マネなどが多く展示されている。フルートの音が聞こえたので、そちらに向かうと、ルノワールの有名なLes baigneuses(英語ではThe Bather、日本語では「浴女たち(ニンフ)」と呼ばれるらしい。)の前でフルートの演奏が披露されていた。

Orsay3

どうやらこの日の特別プログラムの1つだったらしい。

その後は、前回見ることができなかった2階に行って、ロダンの彫刻や、アール・ヌーヴォーの部屋を回る。

Orsay4
2階の左側がロダンの彫刻のあるセーヌ・テラス、左側のリール・テラスは彫刻の特別展をやっていた。

2階には、祝典の間と呼ばれる超豪華な部屋がある。写真がいまいちだが、金色の装飾に囲まれた大きな部屋には驚かされた。

Orsay5

やはり、まだ見足りないのだが、他の美術館にも行きたかったので、移動することに。出たときには、セーヌ川沿いの大通りまであふれそうなほど人が並んでいた。

オルセー美術館はRER C線のMusee d'Orsay駅前。月曜休館。通常は、9時半~18時、木曜日は21時45分まで開館。入館料は8ユーロだが、30歳以下の人又は夕方入場の割引は5.5ユーロ。

セーヌ川を渡ってルーブル美術館の前まで行くと、やはり並んでいた。中に入ったところで、広くて歩き疲れるし、人も多いだろうから今回はパスすることにした。

Carrousel
カルーゼル凱旋門からピラミッドとルーブル美術館を望む。空は青いが、もう21時を回っている。

結局、2つめは、マレ地区にあるヴィクトル・ユゴーの家Maison de Victor Hugoに行くことにした。ユゴーは、19世紀の小説家で政治家。レ・ミゼラブルLes miserablesが有名だろう。パリでは、凱旋門から放射状に伸びる大通りの1つの名前Avenue Victor Hugoになっているし、その通り沿いにはメトロ駅Victor Hugoもある。

Hugo1

ここは、彼が住んでいたアパートを美術館として開放している。彼の家はアパートの2階部分なのだが、このアパートがかなり広い。7部屋ほどあり、一番奥が寝室となっている。その途中の部屋には、中国の装飾や陶磁器が並べられた部屋もある。

Hugo3_2

今度は拍手が聞こえたので、そちらに行くと、どうやらイベントが終わったところのようだった。隣にいた人がトレビアンだったと話しかけてきたのだが、残念ながら何がトレビアンだったのか分からなかった。

Hugo2

展示品は、ユゴーの肖像画はもちろん、彼自身や彼の子孫が描いた絵画や、他の絵画・彫刻などもある。

場所は、バスチーユBastilleから歩いて数分、ヴォージュ広場Place des Vosgesに面したところにある。入場は無料(特別展は有料)で、通常は月・祝を除く10~18時に開館。

Bastille
バスチーユ広場にある、七月革命記念柱

フランスでは、最近、18~25歳のEU市民は美術館の入場が無料という、大胆な政策を導入した。そのためか、この日は若者の姿はあまり見かけず、大人向けのイベントという感じだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009-05-12

オランダがオレンジに染まった日(写真編)

結局デジカメは見つからないので、4月30日の女王の日とその後の週末旅行で撮った写真は残念ながら無くなってしまったweep 女王の日に遊びに行ったクラスメイトからいくつか写真をもらったので、それを掲載しておきます。

Koninginnedag1

これぞ、「オレンジに染まった」光景shine FMラジオ局主催の屋外ライブが開催されていたMuseumpleinの様子。一見するとただの人だかりだが、遥か前方のライブステージまでこの密度で人が詰まっている。果たして何千人いたのだろうか。その場にいたときは、もっとオレンジのTシャツを着ている人だらけだった気がするのだが、写真で見ると意外とそうでもない。ちなみに、多くの人がかぶっている帽子は、鉄道会社のNSが駅で無料配布していたもの。形状記憶ワイヤが縁に入っていて、小さな輪を作るようにしてコンパクトに畳めるようになっていた。もちろん、出店で5ユーロくらいで派手な帽子を買うこともできる。

Koninginnedag2

こちらも、オランダならではの景色。言わずもがなですが、ここは運河です。ほとんどが個人が所有しているボートで、私も岸に係留していたボートに記念撮影と称して少しだけ乗せてもらった。この日は天気が良かったので、飲んで騒いでいる若者も、そうでない家族連れも、みんな気持ちよさそうだった。

Koninginnedag3

1年のうち唯一この日は誰でも自由(free)に売ってよいという蚤の市(flea)、フリーマーケット。家の中を掃除して出てきたがらくたを二束三文で売っていることが多い。また、子供が楽器を演奏していて、うまく弾けたらお小遣いをちょうだい、という光景もちらほらあった。普段、道端でこれをやるのはちょっとまずい気がするが、この日は微笑ましい。そういえば、パリでは、メトロの中で突然アコーディオンを演奏したり、歌を歌いだしたりして、お金をもらおうとするところに出くわすことがある。日本やオランダでは全く無かったので、始めて見たときは驚いた。

Koninginnedag4

これは、左上のパイプの入口からトマトを入れて、出てきたところをハンマーで叩くといううゲーム。1回1ユーロで、見事トマトを潰したら10ユーロもらえるというもの。相当難しいらしく、成功している人は1人も見なかったので、いい商売である。また、人を標的にして、生卵を投げてよいという体を張ったゲームもあった(おそらくこれも1投1ユーロ)。これは賞金なしの単なるストレス解消のもので、ヘルメット代わりにバケツをかぶっただけの標的の若者は結構卵まみれになっていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009-05-10

美術館無料開放日+モネを訪ねる

デジカメをなくしてパリに戻ってきたのは第1日曜日だったので、この日はパリの美術館が無料開放日。ということで、気を取り直して、ピカソ美術館に開館前から並ぶ。おそらくここはピカソの作品の所蔵数は最大だろう。それにしても、ピカソは難しい、というのが結論。

続いて、ポンピドゥー・センター内にある国立近代美術館へ。11時の開館に合わせて行ったら、驚異の人の列だったsad 数百メートル、ここまで人が並んでいるのを海外で見たのは初めてかもしれない。そのまま並ぶこと1時間強、、途中で気づけばよかったのだが、どうやら大通り沿いの入口は学生向けのようだった(実際、反対側の入口はそれほどでもなかった)。でも、学生は普段から無料のはずで、何でこの日に長蛇の列を作っていたのかは不明。中には図書館も併設されていて、試験前なのかというくらい、多くの学生が勉強していた。4~5階が美術館となっているが、4階は一部工事中だったこともあり、メインは5階に。ここでもピカソのほか、マティス、レジェなど近代美術が多数。6階では、カンディンスキーの特別展をやっていたが、残念ながら疲れて回りきれなかった。

カフェでクレープを食べて休憩し、最後はオランジェリー美術館へ。某ガイドブックには午後からとなっていたので後回しにしたのだが、正しくは9時~18時。並んでいたが、10分ちょっとで入ることができた。2006年に改装されて、何と言ってもモネの2つの大きな楕円の部屋が特徴。それぞれの部屋の四方を巨大な睡蓮の画が取り囲んでいる(計8枚)。地階も、ルノワール、セザンヌ、モディリアーニなどが充実していたのだが、睡蓮に時間を取ってしまったので、じっくり見られなかった。是非また行きたい美術館。

さて、デジカメはどうやら戻ってこなそうなので、日本のカメラ付き携帯電話を持ち歩くことにした。金曜日は第二次世界大戦の戦勝記念日で祝日だったため、知り合いにジヴェルニーGivernyに連れて行ってもらえることに。パリから出るのは初めてである。ジヴェルニーはノルマンディ地方の入口で、モネが過ごしたことで有名。ということで、前日にオフィス近くの16区にあるマルモッタン美術館へ予習しに行く。

Marmottan

ここでは、印象派のゆえんとなった、モネの「印象-日の出」が有名。そのほか、彼がジヴェルニーの自宅で書いた睡蓮や日本(風の)橋の絵画がゆったりと展示してあり、その真ん中にはグランドピアノが。こんなところで演奏会があればぜひとも行ってみたい。

Marmottan2

メインの展示会場への渡り廊下には、モネの「オランダのチューリップ畑」という風車とチューリップの描かれた作品もあった。モネ以外にも、ルノワールや女性画家のモリゾなどの絵画もとてもよかった。小さな美術館だがじっくり楽しめる。

金曜日。朝からジヴェルニーへ。モネの家と庭園に着いたのは開園前の9時過ぎだったが、既に数名並んでいた。チューリップなど色彩豊かな花が咲いていてとてもきれいな庭を通りながら、まずは家の中へ。

Giverny1

家の入口からまっすぐ伸びる花の道。晩年は視力低下が著しかったからこそ、庭の花は明るい色だったのかもしれない。

Giverny2 

家の中はモネの浮世絵コレクションがものすごい。北斎、広重、歌麿など、家中に浮世絵が飾られている。しばらく回っていると、観光ツアーのお客さんがやってきて家も庭園もかなりの混雑。これは早く来て正解だった。睡蓮を書いた池はとても立派で、色んな植物に囲まれている。

Giverny3

日本の太鼓橋を模して作られた橋には、藤が満開だった。

Giverny4

すぐ近くにあった、アメリカン美術館は2006年に閉鎖し、ジヴェルニー印象は美術館となって今月オープンしたそうである。併設されているカフェは入館料なしで入ることができるので、ここでランチを食べる。また、美術館の入口付近の庭も無料で散策できる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009-05-05

オランダがオレンジに染まった日

4月30日はオランダのクイーンズ・デーKoninginnedagという祝日があり、1ヶ月ぶりにアムステルダムに戻る。クイーンズ・デーと言うと、ベアトリクス女王の誕生日かと思うが、女王の誕生日は1月31日である。実は、ユリアナ前女王の誕生日が4月30日なのだが、国民が楽しめるようにと、女王自らの配慮により、寒い1月ではなく春の4月を引き続き祝日にすることとしたのだとか。この日はアムステルダムが王室(オラニエ=ナッサウ家)のカラーであるオレンジ色に染まり、そこらじゅうでフリーマーケットが開催されている。オランダでは、この日だけは誰でも自由に売っていいということになっているらしい。蚤の市flea marketならぬ、free marketである。中心部の公共交通機関は当然止まってしまう。広場はライブ会場と化していて、運河にもDJを乗せたボートがあふれている。

この日は2つ以上アルコールを持ち歩いていると罰金を取られると聞いていたのだが、そんなことはお構いなくハイネケンの6本パックを抱えている人もたくさんいる。おかげで道路はビールの空き缶やプラスチックカップだらけ。

クイーンズ・デーには、ロイヤルファミリーが国内の1都市を訪問することになっていて、今年はアペルドールンApeldoornだった。王室を乗せたバスに向かって車が突っ込み、パレードを見に来ていた観客が死傷するという痛ましい事件が起きた。

翌日は、期間限定で開園している花の公園、キューケンホフKeukenhofに遊びに行く。見渡す限りチューリップ畑という景色を想定していたのだが、公園は確かに広いものの、色んな花がきれいに(つまり、予想していたよりも控えめに)配置されている。チューリップは、球根を収穫するために開花早々(通常は3~4月)に花を切り落としてしまうらしい。周りにあるチューリップ畑はほとんど花が見当たらなかったのが少し残念。

オランダ最終日の土曜日には、強行スケジュールで、午前中にゴッホの絵が多数展示してあるクレーラー・ミューラー美術館Kröller Müller Museum、午後には19基の風車が並び世界遺産に指定されているキンデルダイクKinderdijkに行き、最後にはロッテルダムのホテルニューヨークでシーフードを食べた。移動はすべて公共交通機関。とにかくすごかった。乗り継ぎが。。そのまま、夜行バスでパリに戻る。

順調はずのオランダ旅行だったのだが、朝パリに着くとデジカメを紛失していることに気づく。現在捜索中だが見つかっていない。奇跡的に発見されたら写真をアップしますsad 断念したら、一緒にいた人から写真を分けてもらう予定。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »